月夜見
 残夏のころ」その後 編

    “春近しvv


暖冬で嬉しかった年末年始だったのに
そんな浮ついた気持ちなぞ一気に吹っ飛んだすさまじい極寒に襲われた一月も、
気がつきゃ粛々と通過しており、十二枚つづりのカレンダーは早くも二枚目へ突入。
いろんなお店が奇天烈な恵方巻を競い合い、
豆まきの方は二の次になってた感の強い節分も
幕を下ろして、今日は立春で。

 “今日から春だって言われてもなぁ。”

短いとはいえまだ三学期中で、期末テストも目前に控えてて。
だってゆーのに、シャンクスめ、
バイトに出てこねぇ?なんてわざわざ いえ電に掛けてくっしよ。
まあ今日は、たまたま昼までだったから暇じゃあったけど、
親戚だからって甘えんじゃねぇよな、なんて。
補充商品を乗っけたカートを押しつつ、
胸の内にてぶつくさと文句を並べておいでなのは、
こちらの産直スーパー“レッドクリフ”のアイドルアルバイトくん、
普段は青果担当のルフィさんだったりし。

 “こっちは大学生の兄ちゃんたちの分担じゃんかよな。”

気候の乱調っぷりからお野菜の価格も乱高下したこの冬は、
急に寒くなった頃も、まだまだ鍋物用のあれこれが安かったんで
助かるわぁと喜ばれて、こっちも何か気分がよかったものの、
お客さんが買い物に出て来ること自体へ二の足踏むほど
途轍もない雪だの寒さだのが襲ったりして日にゃあ。
産直店だからさほど市場の事情には左右されない品揃えでいられても、
買いに来る人の出足までは予測が難しく。
店長や副店長といった幹部格が天候の予報表と首っ引きで、
ああでもないこうでもないと 珍しくも振り回されてるこの冬でもあり。
そんな隙を衝かれた格好、
アルバイトたちのシフトに思いがけなくも穴が開いてしまったらしく。
パートのお母さんたちが上がって学生さんたちが出てくるその境目に、
ぼこぉっと人の居ない時間帯が発生し、
それが判ったのが今朝と来て、
どういう意味からでも秘蔵っ子のルフィさんが、
ガッコ行く前に“予約済み”という対処を取られてしまったというわけで。
さすがに昨日の節分関係の商品は既に下げられてあって、
福豆辺りは半額セールのワゴンへお引っ越し済み。
催事のコーナーには次のイベント、
聖バレンタインデーの商品が入れ替えを終えてもいたけれど、

 「…なぁんか地味だな。」

まま、本命さんへのリキ入ったチョコともなりゃあ
専門店とかデパートで買うんだろうから、
こんなコンビニぽいとこで豪華なのを揃えたって…というのは
こういう方面へはあんまりあれこれ詳しくないルフィにも判りはする。
知り合いのシェフ殿がいる輸入家具や雑貨の店あたりなら、
工夫を凝らした贈り物に映えるよな、輸入チョコなど扱ってもいようが

 「まあ、ウチはそこまでおしゃれな店じゃねぇし。」

白菜や大根がメインの店だもんなと頭じゃあ判っていて。
でもでも、やはりなんか華やかな空気なのは気になるか、
カップ麺や袋めんの補充をしつつ、
可愛らしいピンクやハートが散りばめられた一角についつい目がいっており。
カラフルな銀紙にくるまれた粒チョコが並んだアソートの箱は
小さいころからあこがれの箱だったよな。
結構貰って来るエースが いつも半分こしてくれたっけな。

 「…って。あ、今年って日曜なんか。」

別な商品のサービスデー・カレンダーが目に入り、
今年の2月14日は…と今になって気がついて。
道理でなんか主張が弱めだったのか、
受験生応援のスナック菓子の桜模様の方が派手だもんな。
ガッコとかわざわざ出掛けねぇなら、義理チョコは買わねぇだろから、
それもあってコーナーが狭かったんかぁと。
もはや商品補充の手もすっかり止まっての、
腕組みしつつ“うんうん”なんてもっともらしくもうなずいて
ひとり納得しておれば。

 「先輩、甘いの好きっスよね?」
 「へ?」

背後から翔られたお声に、
何だ いきなり藪から棒にと、
それでもまだ油断たっぷりで振り返ったところが。
そこに立っていたのは、お約束ですねの背高のっぽの後輩くん。
彼の方だって平日だから学校があるだろうに、
昼下がりのこんな時間に店に出て来ている辺り。
そちらへは多少は遠慮もあったのだろうが、
それでも自分同様に 強引なお誘いがかかったのだろうと思われて。

 「ゾロ、ダメなもんはダメって言わにゃあいかんぞ?」
 「は?」
 「だから。
  大方シャンクスかエースかに、人手が足りねぇとか言われたんだろ?」

搬入班の外回り軽トラ組で、アルバイトたちを指揮するのが、
ルフィの年の離れた兄上のエースなので。
自分とは年の差と学齢差とバイト歴との順列がややこしい間柄の彼なれど、
それでもこっちを“先輩”と立てるのを常としている、
律儀な体育会系のお兄さんだけに。
もっと判りやすく年上で、ここでのキャリアも上の
エースの言いつけには逆らえなかったんじゃなかろうかと案じた坊ちゃんだったれど。

 「いや、俺 今日は休みっスよ?」
 「はあ?」

言われてみれば、
ここでのお仕着せ、作業服の上っ張りという格好ではないし、
ルフィが胸元へ掛けているエプロンもない。

 「え? じゃあどうしてまた。」

そかそっか、ああ、俺、顔しか見てなくてすぐに気がつけなんだみたいだと、
恥ずかしくなりかかる前に、じゃあどうしてと訊いている。

 「だってお前んち、電車乗って通うほど距離あんじゃんか。」

買い物だったら近所のコンビニで間に合うだろうに、
そもそもそうまで距離があるここにバイトに来ているのだって
ちょっと“はてな?”という立場かもしれないのに、
そんな彼がどうしてまた、
休みなのに、ガッコもあろうに遠出して来てるのだと、
素朴な疑問とやらを訊いてみたところ。

 「いやあの、えっと。////////」

あれあれ? 何で赤くなるんだ?
あ、

 「まさかお前、
  地元から遠いところじゃないと買いにくいもん買いに来たとか?」

 「〜〜〜なんスか、それ。」

斜めどころか隣町まですっ飛んでたような答えだったようで、
ルフィ相手には珍しい、眉間のしわを深くして怪訝そうな顔をする剣道青年で。

 「違うんか?
  ウチのクラスの奴で、
  少女何とかって雑誌で連載してたSFが読みたくて、
  でも買うとこ見られんのは恥ずかしいって
  隣町のキオスクで毎週買ってた奴いたぞ?」

 「違います。」

スーパーマーケットと同じよに、
こちらのお店の一般食品のコーナーも、
図書館の本棚みたいに配置された、島と呼ばれる長い長い棚が並んでいて、
ジャンル別に商品を並べたその間を
お客さんがカートを押して通るようになっているのだが。
彼らがいる筋の丁度お隣り、
やはり商品補充していた誰かさんが、

 「…っ☆」

話の展開に吹き出しかかり、
咄嗟のこととて口許を両手で押さえて難を逃れていたりする。
そうとは知らず、お若い二人の会話は続き、

 「トラックの運転席に荷物忘れてて、
  置きっぱなしじゃあご迷惑だろうと思ったんで取りに来ただけっすよ。」
 「そっかぁ? じゃあ赤くなったのはどうしてだ?」

自分だってそうなるすんでだった癖に。
いやいや、だからこそなんか怪しいぞなんていう、
普段なら働かぬはずな傾向のアンテナが刺激されたか。
何だ何だ怪しいぞと、
覗き込むよに、自分より背丈のある相手のお顔を見上げて見せれば、

 「いやあの、だからその…。////////」

正直なところというのは、
それだけの用件で来た店だのに、
こっちでちょこまかとカートを押して駆け回ってた誰かさんの姿を見かけ、
ついつい、このまま帰るのも…と足を運んでしまっただけのこと。
先輩の姿が見えたから挨拶だけでもとかどうとか、

 “別に何でもない言いようだのにな。”

それがちと恥ずかしいなんて可愛いもんだと、
こちらは乾物の棚へ干しシイタケだのかんぴょうだのを補充しつつ、
くつくつと声を押さえて苦笑をし、聞き耳を立ててるお隣さんで。

 「…まあいいけどよ。」

困らせても何だと、やっと引く気配を見せたらしいルフィの声がして。

 「ゾロんとこも、ガッコでチョコが飛び交ったりすんのか?」

何がどうしてどうというのを随分とすっ飛ばした訊きようだったが、
何しろそのものの売り場の真ん前だけに、
そこは武骨そうなお兄さんにもすぐさま通じたようで。

 「平日なら、っスけどね。」

あと、入試の前後とかぶってたりしたら部活も中止になるんで、
義理チョコレベルのやり取りはやっぱりなくなるらしいっスよと。
随分と他人事みたいな言いようをする彼なのへ、

 「何だよ、ゾロならたっくさん貰えてそうなのに。」

よく判らないって言い方なのが不自然だと、
再び子犬のように小首を傾げるルフィなのへ。
今度は衒いなく口にできる事情なのか、

 「貰えませんて。」

オレ、それでなくとも怖がられてるクチっスしと付け足され。
え〜〜そうかなぁ、なんて、
意外だとも勿体ないとも取れそうに反駁を返した小さな先輩さんだったのへ、

 「銀嶺庵のレイリーさんが、
  毎年チョコ大福を考案してるの、知ってるっスか?」

 「え? 知らん知らん、そんな美味い話、俺 聞いてねぇvv」

わっわっと身を乗り出し、
そのまま胸ぐら掴んできたルフィだったのへも動じずに、
ふふ〜んと嬉しそうにその反応を見やってから、

 「俺、何でだか味見役にって毎年呼ばれるんですが。」
 「わあ、いいなぁ。」

あああ、何でこんなことへそこまで切なそうな顔するのと、
今度はおろおろしたくなるほどに、
一気に眉を下げちゃった小さな先輩さんだったのへ、

 「今日も呼ばれてたのを思い出しまして。」
 「あ…vv」

それってそれって、なあなあなあと
またもや一気に嬉しそうな、期待に満ちた顔をされ、
深々と頷いて差し上げる。

 「よかったら一緒に来てくれねっスか? 俺も助かります。」
 「おおっ!」

任しとけと右腕を勢いよく振り上げたところで、
すぐのお隣のレーンから、

 「行ってもいいが、そのカート片づけてからにしな。」

 「……☆」 × 2

気を遣ってというか、気を回してくれたらしい、副店長さんからのお言葉に、
どひゃあ何処から聞いてたのと、あらためて真っ赤になった二人だったというのは
店長には内緒にしてあげた、ベックマンさんだったそうでございます。




  〜Fine〜  16.02.04.


 *恵方巻を歳の数だけくうぞと言ってたどっかのルフィさんよりは
  色気のある話をしておりますvv
  ヤマザキ春のパン祭りも始まって、いやぁ、春だねぇvv


ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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